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どうせなら好きに生きたい

もっぱら、つぶやきをまとめるのに使ってます。嵐と翔くんについて書きたい。

アイドルが生きがいになる話

つぶやきまとめ

2016.11.10

 

わたしは一時期心のバランスを崩したことがあったのだけれど、そうなるとそれまで大切にしてきたものや趣味や友達、何もかもがどうでもよくなって、毎日が辛くて、とにかく早死にしたくなってしまうんだよね。常に「生きてて申し訳ない」っていう思いに苛まれて、でも死ぬ勇気もない自分を責めてた。一日をどうやって過ごしたらいいのか分からなくて、毎晩「また無益な一日を過ごしたなあ」って苦しかった。

でも今は、嵐がアイドルやってる限りは死ねないなって思ってる。せっかく奇跡的なタイミングで同じ時代を生きて嵐というアイドルを受容できるのに、死ぬなんてもったいなさすぎる。

 

その経験を経て思ったのは、アイドルを好きになるって「その人のこと全部を好きになる」であって、それはつまり「アイドルが生きがいになる」ということ。好きなアイドルができれば応援したりお金を払ったりといった能動的な行為が呼び覚まされるし、究極、その人がただ毎日を無事に、幸せに生きてるだけでこちらも嬉しい気持ちになれる。わたし自身が何もしてなくても。

 

なぜなら、アイドルの最大の魅力って同時代性だと思ってるから。

私はアイドルって「『伝記』をリアルタイムで追いかけていくようなもの」だなあと思っていて。というのも、「何を成したか」だけじゃなくて、その時どんなことを考えていて、誰と出会ってどういう関係性を築いて…っていうところまで評価されるわけだから、人生の起伏そのものが読み手(=ファン)にとってのエンターテイメントになっていて。それを、後から誰かが編集したものとして知るのではなくて、リアルタイムに知るからこそ自分なりに解釈したり自分の思い出と紐づけたりっていう楽しさがあるわけで。

こういう性質を持つ以上、本とか映画とか音楽とかと違って、作品が成立した後から体感することが難しいエンターテイメントだから、好きなアイドルの輝きをリアルタイムで見てること自体にも価値が生まれる。

まさに「いま 居合わせる 君 幸せ この歴史を後世に語れるだろう?(Cool&Soulより)」

 

だから数年来の趣味が全部無くなったわたしが改めてもう一度嵐に落ちた*1理由の一つは、たぶん「嵐を好きになったことにより、リターンとして感じられる幸福感の多さと早さ」。これはもうアイドルにしかできない癒し方だと思うんだよね。おかげで今は毎日がめちゃくちゃ楽しい。

 

そしてもう一つ言えると思うのが、もちろんお金を払ったりコンサートに行ったりするといった能動的な行為の方がアイドル側としても嬉しいんだろうけど、「ただ好き」であるだけでも「(きっと)喜んでもらえる」という感覚を得られることも、リターンとしてすごく大きい。生きがいにしがいがある。

これは自己満足かもしれないけれど、「ファンであること」や「好きになったこと」そのものに感謝を述べられたり、「自分が大好きなアイドル」がその人生をかけて*2アイドル化してファンに愛を振りまいてくれたりする姿をみると、こちらが何もしていなくても承認欲求が満たされたような気がする。自己満足かもしれないけれど。

 

そういう元気づけ方ってアイドルにしかできないから、本当に尊い職業だと思う。特にわたしは中学から高校にかけてリアルタイムに嵐のブレイクを経験してるから、数年経って戻ってきた時に変わらずキラキラしてくれていたことが本当に支えになった。

 自分の記憶とリンクさせて「かつての自分を取り戻したい」って思ったし、最高値を更新しつづける嵐さんを見てて「わたしも頑張らなきゃ」って気力も湧いてきた。結果遠回りはしたけれど、無事色んなことも軌道に乗り始めた。だから嵐さんには本当に感謝したい。そして、これからもずっと好きでいたい

*1:中2で嵐のことが好きになって以降、もろもろの理由で離れてました。これもいつか書きたい。

*2:ただ、アイドルの抱える矛盾として、対象が好きだから幸せになってほしいけど、当人がアイドルという仕事をやっていて幸せと感じているか不安というのがあると思う。これも今度書きたい。